なんの関係があるのかと思うだろう。
私もそう思った。
先日ある人に誘われて講演会に出かけた。
来年の5月から開始されるという裁判員制度について
弁護士 高山俊吉さんが解説してくれるという。
そんな重役が我が身に降りかかってくるのは嫌だけど
お国の政策というのは小市民の希望とは別のところにある。
わが子も法を学ぶ者のはしくれだし。
だから勉強しに行ってきた。
その会場にはなぜか「KEEP9」のポスターがずらり。
かの有名な冤罪事件といわれる袴田さんを救援する会の人が
署名を求めて聴講者の席を回っていた。
う~む。
面倒なことに巻き込まれなきゃいいけど。
高山さんは裁判員制度に反対の声を上げている弁護士のひとり。
http://no-saiban-in.org/index.html
裁判員制度のからくりと、なぜ反対しているのかを
ユーモアを交えながら平易な表現で話してくれた。
さて、ものすごく乱暴に話を端折るが、
なぜ裁判員制度が憲法第九条と関係するのか。
市民が市民を裁く。
市民が市民を監視する。
そういう制度はかつてもあった。
それがファシズム。
私たちはそれを拒否することを許されないのだ。
学校では子どもたちを通して裁判員制度のPRをする。
人気の俳優をキャスティングしてドラマをつくる。
『市民参加』は欺瞞で、目的は国民の教育。
ここに疑問と危機感を感じなくてはならないのだと。
質疑応答の時間。
単なる感想や、推進派の弁護士の講演を聞いた
人の迷い。○○党はどーだの、日弁連がこーだの。
時間ぎりぎりまで、マイクがあちこちに移動した。
「先生は『司法の市民参加』は欺瞞だというが、
ならば市民参加そのものはどうお考えですか」
「『市民参加』は意義のあることです。
裁判員制度についていえば、反対の運動を起こすこと。
それこそが真の市民参加だと思います」
高山さんはそう締めくくった。
他にもいろいろ興味深いお話を聞かせてもらった。
周りの席の人たちと私の温度差はあったけど、
このまま無関心でいてはいけないことはわかった。
自分のことより、夫や子どもにご指名が来たときを
想像して鳥肌が立った。
まさに平成の赤紙。
さて私にできることはなんだろう。
法務省はあの手この手でPRしているけど
流されないように勉強しなくてはいけないと思う。
話は違うが、
最近うちの中学生は学校でディベートの練習をしている。
ディベート大会のようなものがあるらしい。
これも考えてみれば恐ろしい。
バラエティ番組にもその手のものはあるけど、
義務教育の現場で体験させられるのっていやだなぁ。
講演の中で、アメリカの陪審員の制度との比較をしてくれた。
アメリカの制度に問題がないと言っているわけではないが、
日本がやろうとしている裁判員制度とはそもそも発想が違う。
陪審員は「被告人は陪審員によって(国から)守られる権利を持つ」
裁判員は「被告人より国民のために重要」という話が印象的だった。
裁判員制度について詳しく知りたい方は、こちら。
http://no-saiban-in.org/index.html
最近のコメント